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名古屋地方裁判所 昭和43年(ワ)3904号 判決

原告

藤原四郎

被告

有限会社山本木材店

ほか一名

主文

一、被告等は、各自原告に対し金四六七万九、一三七円及びこれに対する昭和四三年一二月二五日以降その完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分して、その一を原告の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

四、この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

一、申立と主張

原告の申立と主張は別紙(一)のとおりであり、被告等のそれは別紙(二)のとおりである。

二、証拠関係〔略〕

理由

一、(交通事故の発生)

請求原因二の事実は、原告負傷の程度が「加療二年以上を要する重傷」であつたとの点を除いて、当事者間に争いがない。

二、(責任の帰属)

請求原因一、三の事実中被告等に関する部分は当事者間に争いがない。この事実と右一、の当事者間に争いのない事実によれば、被告会社は自賠法第三条、被告山本は民法第七〇九条によつて、原告が本件事故に因り蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

三、(損害)

〔証拠略〕、労働福祉事業団中部労災病院に対する鑑定嘱託の結果によれば、つぎの事実が認められる。

(一)  得べかりし利益の喪失

原告は本件事故当時三八才で、昭和四一年六月頃から横井運送株式会社の運転手となつていたが、昭和四二年六月からはいわゆる「チヤーター」方式で同会社の仕事をしていた。「チヤーター」方式というのは、会社が貨物自動車を月賦払の方法で買入れ、その所有名義は会社として登録し、会社の運送業務を行い、その対価たる運賃は会社が受領するが、会社は当該自動車の運転・保管を特定の運転手(本件の場合は原告)に一定し、その運転手がその自動車を使用して稼働した運賃(水揚)の一割をマージンとして会社が天引し、残りの九割を当該運転手に渡す、その代り、当該運転手は当該自動車の月賦代金、保険掛金、燃料費、修繕費、部品代等の経費一切を右九割の取得分から負担してこれを会社に渡し(事実上はマージンの天引きと一緒に差引かれる。)、これを会社が相手方に支払う、月賦代金が完済になつたときは自動車の所有は名実共に当該運転手に帰属し、その旨の移転登録をする、というものであつた。

このような「チヤーター」方式になつて、原告の九割分の取得分は昭和四二年六月分が金二五万二、七〇〇円、同年七月分が同月二二日の本件事故当日までで金二〇万九、〇〇〇円あつたが、当時横井運送株式会社ではこの方式による九割の取得分は平均して一ケ月金二〇万円以上はあり、ここから前記諸経費を差引いてもその残額は一ケ月金一二万円程度はあつた。従つて、これが、原告の当時の月額所得額になるが、その中には、実質上経済的には自動車の所有者と同視され得る原告の自動車の賃貸料に相当するものが含まれている筈であり、その額は本件のような貨物自動車である場合、少くとも一ケ月金五万円以上にはなるものと認められるから、前記所得金額のうち原告が自らの労働による対価に相当するものは月額金七万円程度であつたというべきである。

原告は、本件事故によつていわゆる鞭打ち症になり、事故当日から昭和四三年一二月二二日頃までの一七ケ月は全く労働に従事することができず、その後も頭痛、吐き気、両手のしびれ、左足のしびれ等があつて自賠責等級で総合九級程度の後遺症を遺し、三五%程度の労働能力を喪失した。その喪失期間は昭和四三年一二月二三日から五年間と認めるのが相当である。そうすれば、原告の得べかりし利益の喪失額は金二六六万円となる。

(二)  未払治療費

原告は、前記鞭打ち症のため昭和四二年一〇月四日から昭和四三年八月三一日まで名古屋市千種区所在の吉田外科病院に入院し、その診療費として合計金一四九万〇、三八〇円の請求をうけたが、そのうち金五〇万円は自賠責保険金で支払われたので、金九九万〇、三八〇円が未払として残つている。これ等の診療費が不必要なもので本件事故と相当因果関係がないと認めるに足る証拠はない。

(三)  入院諸雑費

原告は、前記吉田外科病院に入院中のチリ紙、石けん、かいろ灰、暖房用灯油、ストーブ、牛乳、借テレビ、洗濯、ガス、玉子、交通費等の雑費として合計金六万六、五五七円を支出した。

(四)  通院治療費及び交通費

原告は、昭和四三年八月三一日に前記吉田外科病院を退院した後も、昭和四四年三月頃まで同病院に通院した。その回数について明確な証拠はないが平均して一ケ月一〇回程度、そして一回について通院治療費及び交通費として金二、三二〇円程度を要した。そうすると、その金額は合計金一三万九、二〇〇円となる。

(五)  慰謝料

本件事故の態容、原告の負傷の部位、性質、程度、治療の経過、後遺症の有無・程度・性質その他一切の事情を勘案すれば、被告等が原告に支払うべき慰謝料は金一〇〇万円と認めるのが相当である。

四、(損益相殺)

〔証拠略〕によれば、被告等は本件事故による右三、の損害について、原告に対し昭和四二年七月二七日から同年九月二五日までの間に合計金一七万七、〇〇〇円を支払つていることが認められる(乙第一乃至第八号証、第一四号証、但し、乙第二号証の金一万七、〇〇〇円のうち金七、〇〇〇円は除外)。

そうすれば、右三、の合計額金四八五万六、一三七円から右金額を差引けば残額は金四六七万九、一三七円となる。

なお、〔証拠略〕によれば、被告等は原告に対し、本件損害賠償の仮払仮処分申請事件における和解に基づき昭和四三年一二月一五日から昭和四四年三月一五日までの間に合計金一七万五、〇〇〇円(毎月一五日と月末に金二万五、〇〇〇円宛)を仮に支払つていることが認められるけれども、この支払は仮処分事件の和解に基づくものであるから本判決においては差引控除して主文の金額を減額すべきではない。

五、(結語)

以上の次第であるから、原告の本訴請求は金四六七万九、一三七円及びこれに対する昭和四三年一二月二五日以降その完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では正当として認容できるけれども、その余の部分は理由がないので失当として棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担については民訴法第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項に従い、主文のとおり判決した。

(裁判官 藤井俊彦)

別紙 (一)

請求の趣旨

被告等は各自原告に対し金五七二万五一一七円及び昭和四三年一二月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

請求の原因

一、原告藤原四郎(以下原告という)は訴外株式会社横井運送店に経営担当並びに自動車運転手として勤務する従業員である。

被告有限会社山本木材店(以下被告会社という)は木材の販売業を営み、同山本宏(以下宏という)は被告会社の代表取締役である。

二、原告は昭和四二年七月二二日午後〇時二〇分頃、愛知県知多郡阿久比町大字印坂字惣山四一番地の三先路上を普通貨物自動車を運転北進中「止れ」の赤信号のため停車していたところ、被告宏は被告会社所有の自動三輪車(三6な8595)を運転し、同道路を原告車に後続して時速約四〇キロメートルにて突進した。

被告宏は原告車が信号で停車しているのを認め狼狽してブレーキを掛けたが間に合わず原告車に激しく追突した。

右事故により原告は鞭打ち症、両側上肢、左下肢麻痺等加療二年以上を要する重傷を負つた。

事故当時同道路附近は見通しは良く被告宏は先行車である原告運転の車の動静に十分注意しなければならないのに、安全な車間距離を保たず疾走し、原告に激しく追突したものである。

被告宏は被告会社のため、その業務の執行中前記自動車を運転していた。右のように本件事故は被告宏が前方注視義務を甚だしく怠つた一方的かつ重大な過失によつて惹起されたものである。

三、よつて被告宏は原告を負傷させたことによる左記損害賠償並びに慰藉料を支払う義務がある。

又被告会社は右加害車を所有し、これを運行の用に供しているものであるから民法第七一五条により使用者責任を負うは勿論、自動車損害賠償保障法第三条により被告宏と連帯して責任を負う義務がある。

四、右事故により原告は左の如き損害を受けた。

(一) 得べかりし利益喪失

(イ) 原告(三九歳)は横井運送に運転手として働き事故当時は使用車買受代金を自己負担とする約束にて運送代金水上額に応じて給与を受ける方法にて月収一二万円以上の収入があつたが本件事故後激しい頭痛、めまい、手足のしびれ、吐気等をともなう後遺症のため全く労働能力を失つた。

そのため本件事故発生より昭和四三年一二月二一日までの一七ケ月間全く収入を失い二〇四万円の利益を失つた。

(稼働日数一ケ月平均二五日にて月収一二万円以上)

又現在における後遺症の状態からして向う二年間は労働能力を喪失するものとして、その間の利益二八八万円、計四九二万円の利益を喪失することになる。

(ロ) 右労働能力を失つている二年経過後である昭和四五年一二月二一日からは事故前の運転手としての勤務能力を回復することは極めて困難であり、少くとも三年間は軽作業の雑役夫として勤務する場合は昭和四二年五月以前の横井運送における給料一ケ月三万六、〇〇〇円の収入となる。即ちこの三年間は一ケ月一二万円の事故当時の収入より八万四、〇〇〇円の減収となる。

右(イ)(ロ)計七九四万四、〇〇〇円のうち原告はとりあえず三〇〇万円を請求する。

(二) 未払治療費 九九万〇、三八〇円

昭和四二年一〇月四日から昭和四三年八月三一日までの吉田外科病院における入院未払治療費

(三) 入院諸雑費 六万六、五七七円

昭和四二年一〇月四日より昭和四三年八月三一日までの入院諸雑費。

(四) 通院治療費及び交通費 六六万八、一六〇円

退院後においても原告は通院を必要とし、一ケ月少くとも一二回の通院を医師はすすめている。しかして通院治療費は一回二、二〇〇円であり、交通費一回往復一二〇円である。従つて一回の通院には二、三二〇円を必要とする。

しかして医師の要請する通院期間は二年間であるので、この間の費用は一ケ月二万七、八四〇円となり二年間にて六六万八、一六〇円となる。

(五) 慰藉料

原告は昭和四一年六月一日横井運送に運転手として入社したが昭和四二年五月一三日使用車買受代金を自己負担するとの約束にて運送代金の水上額に応じて給与を受ける方法に切換え生活も安定し、将来の家庭の建設の希望に充ちた生活を送つていた。

しかし突然襲つた本件事故に遭遇して生計の途を失いその心痛は想像に余りある。

本件は原告に資力がなく、法律扶助協会愛知県支部に申込み同協会が原告の資力を調査し、無資力と認定、扶助事件として同協会が受理したものである。

右事故により昭和四二年七月二二日より同月二八日まで竹本医院、同年一〇月四日より同四三年八月三一日まで吉田外科病院へ入院、計三四〇日におよぶ入院生活をし現在全く見るかげもない生ける屍同然の廃人となり果て毎日激しい頭痛、めまい、手足のしびれ、吐気等鞭打ち症状を示しており、この精神的不安感は本人でなければはかり知れないものがある。

しかも現存せる右後遺症の治療見込みはたたず、生活の見通しも全くなく医師から通院加療を極力すすめられているが治療費がなくやむなくいたずらに病躯を廃屋に横たえている状態である。実際は現在吉田外科病院に九九万〇、三八〇円の未払治療費があり事実上治療を受けられない状態である。

右のような状態が永久に後遺症として残るものか不明であるが少くとも相当長期間は後遺症として残り、この間原告はハンデイを負つてゆかなければならない。これに対する原告の精神的な苦痛は極めて大きいと云わなければならない。

被告等は右原告の精神的苦痛に対する慰藉料として少くとも金一〇〇万円を支払う義務がある。

よつて右損害金及び慰藉料合計金五七二万五、一一七円及びそれに対する本訴状送達の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

別紙 (二)

請求の原因に対する答弁

一、原告が横井運送店の経営担当の従業員である点は不知、その他は認める。

二、事故の日時場所、内容は認める。原告が加療二年以上の重傷を負つた点は不知。

三、認める。

四、争う。

五、争う。

被告の主張

本件事故は被告山本宏の一方的過失によるもので十分責任を感じ、原告に対しできる限りの援助を考えていたが医者を転々と変え、吉田外科への転医にも疑問を抱いていたが果して同病院での入院、治療費等は法外な金額に達し、被告山本としては斯る高額な費用を納得のゆかぬまま支払いができなかつた為であり決して誠意をなくしたものではない。

被告らが現在まで原告に支払つた入院費、治療費、生活費、雑費等の合計は九九万円(自賠法の五〇万円の保険金を含む)に達しており又昨年一二月から今年一二月まで毎月五万円、合計六五万円を支払う予定であり、既に五万円の支払いをしている。

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